先生と萬五郎。
先生は、東京の有名な大学の先生です。
たぶん、偉い先生。
荷物の整理をする為に、萬五郎に帰ってきています。
私が訪ねていくと、
「ここの荷物はほとんど研究の資料でね、
片付けるっていっても簡単に捨てられないから困ったもんだ」
と、奥の部屋から出てきました。
私が先生を撮影したい旨を伝えると、
「僕は顔を残すのがあまり好きではないんだよ。」
と、笑いながらソファに座りました。
そういえば、
先生とは何度かお会いしているけれど、
二人だけで話をするのは初めてのことです。
「僕は、ここでやり残したことがあるんだよ。」
先生は螢の研究をしています。
なぜ、日本各地で螢がいなくなってしまったのか。
大きな原因は農薬。
それと、川がU字江などに整備され、
螢の餌場となる自然の川がなくなってしまったこと。
でも最近では、環境保護の問題もあり、
農薬も以前よりはだいぶ少なくなっているし、
自然に近い川を作ったりもしている。
それでも、螢が増えることはありませんでした。
「暗闇がないんだよ」
こんな田舎町でも、夜には外灯がこうこうと灯っている。
螢は求愛の為に光ります。
夜が明るければ、その光は届かない。
だから、
農薬が無くなっても、
自然の川があっても、
螢は戻ってこない。
先生は、
人類は富の象徴として、光をコントロールしてきたと言う。
大昔の人は、太陽の光に合わせて暮らしていた。
明るくなれば起きて、暗くなれば眠る。
やがて、富を持つものが夜に灯りをともすようになり、
暗闇の中で光を操ることが、文明をつくっていく。
そして、
現代においての暗闇とは、
人間の安息と休息だと僕は思う。
明るい光の中で螢がいなくなったように、
星空が見えなくなってしまったように、
本当の美しさを美しいと感じる価値観もなくなってしまったんだよ。
だから、僕は、
「暗闇を取り戻したい」
時代や経済活動とは真逆のことかもしれないけどね。
写真は、まさに光と闇でできている世界だけど、
その写真を撮る君は、
暗闇についてどう思うか聞いてみたいね。
私は数枚程撮ったカメラを置いて、
先生と話を続けました。
つづく。